作文
折り紙
    「折り紙」と言う言葉は、「折る」と「紙」と言う言葉からできています。
文化の繋がり

    日本に紙が伝えられたすぐ後で、折紙は日本の文化に溶け込みました。折り紙の種類には、二つあります。ひとつは伝統的なものでもうひとつは現代的なものです。伝統的な折り紙は、宗教や儀式に使いました。現代的な折り紙は、娯楽の目的に使います。
    始めに伝統的な折り紙は、信仰物を表したり飾に使ったりしました。神道の人々は、物を清めるための式や結婚式に折り紙を使いました。たとえば、二つの折り紙の蝶々が結婚式で使われました。時々仏教徒も、宗教儀式に使いました。
    折り紙は、発展して芸術になりました。これが、現代的な折り紙です。折紙は、娯楽の目的に使われ、一般大衆の趣味になりました。たとえば、明治時代から小学校で折り紙を教えるようになりました。

折り紙の歴史

折り紙の発明
    紙と紙の折り方は中国で発明されました。6世紀の中ごろに、中国の僧侶達は紙の作り方を日本に伝えました。それから、日本人は紙を折り始めました。昔、紙は高かったので、結婚式とか特別な行事のためにしか折り紙をしませんでした。

江戸時代ー明治時代(1603ー1912)
    江戸時代に、折り紙は日本国民の間で人気が出ました。最初の折り紙の本は「千羽鶴折り方(せんばづるおりかた)」と言う本です。18世紀に、紙を折る方図表がある本が出ました。江戸時代の末、鶴とか蛙とか帽子など、70以上の折り紙の作り方が知られていました。この時代にはひな人形も折りました。明治時代には、折り紙は学校で小さい子供達に教えられました。

大正時代ー今(1912ー今)
    特別な紙はどこでも買えるようになり、折り紙は人気のある伝統になりました。以前は、折り紙は子供の遊ぶものと思われていましたが、現在は、吉沢章のおかげで、折り紙は重要な日本文化になりました。吉沢氏は、日本の折り紙を世界に広めて、欧米でも人気が出ました。第二次世界大戦の後、多くの折り紙の本が出て、日本文化を代表する折り紙は世界で人気を集めています。

千羽鶴プロジェクト


    おりづるは世界の平和を代表します。むかしから、鶴は日本人にとって神聖な鳥でした。日本人は鶴が千年生きたり、きぼうを与たえりすると信じています。だから、千羽鶴を作れば、長い人生のきぼうを与えられます。

佐々木禎子
    佐々木禎子は長い生命を祈るために、千羽鶴を作りたいと思いました。広島に原子爆弾が落とされ、禎子は白血病になってしまったのです。禎子は長い人生だけでなく、世界の平和のためにも祈りました。死ぬ前に、禎子は鶴を644羽だけ作りました。でも、禎子の友達は残りの356羽を作って、白血病の子供を助けるためにお金を集めました。

世界平和の日
    11月の17日は世界平和の日です。毎年、世界平和のために、世界の子供達は千羽鶴を作って、鶴の飾りを禎子の像につけます。

いろいろの繋がり

    折り紙は、趣味だけではありません。折り紙には応用があります。この応用は、数学と頭の治療と手のリハビリと教育です。

  • 数学では幾何学を勉強することに役立ちます。そして、コンピューター科学の繋がりがあります。
  • 頭の治療では精神治療をしている人たちが社会性を育てるのに役立ちます。
  • 手のリハビリでは、折り紙をすると手の動きがよくなります。
  • 教育では生徒は、指示に従うことを習います。
これらの応用は、比較的新しいです。現在このような応用はもっと研究されています。